東京で生まれた私は、
父と母にとって初めての子どもだった。
みんな、とても待ち遠しく、
私の誕生を心から楽しみにしていたと思う。
しかし、生まれてすぐに——
父だけが病院に呼ばれた。
そこで、
先天性心疾患「ファロー四徴症」があることを告げられた。
母にはまだ知らせていなかったが、
院内で偶然母と出くわしてしまい、
すぐに知られることになった。
医師からは、
「女の子だから将来の妊娠や出産は難しいかもしれない」ことや、
「早く手術をしないと、5歳までしか生きられないかもしれない」
といった厳しい現実が伝えられた。
両親もまた、これからのことを思い、
複雑な覚悟や不安を胸に抱えていたのだろう。
せっかく産まれてきた命に、
「生きられないかもしれない」という可能性がある——
母がどれほどショックだったか、想像に難くない。
私は何も知らず、
ただ小さく泣いていた。
けれど、確かにあのときから、
「生きよう」としていたのだと思う。
あの瞬間から、私は、
何かを背負って生きることになったのだろう。
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