病室で、人生に限りがあると知った19歳

先天性心疾患の記録

先天性心疾患・ファロー四徴症の当事者として、大人になってから感じている体調の変化や術後の生活について書いています。成人先天性心疾患の実体験ブログです。

大学に入学して三か月
片道三時間の通学生活のなかで、私は突然倒れ、入院することになった。

医師から告げられたのは、
「ここに来ていなかったら、死んでいたかもしれない」
という言葉だった。
その瞬間、頭が真っ白になった。

四人部屋の病室で過ごす日々が始まった。
同室には、ペースメーカーの電池交換で定期的に入院している人、何度も入退院を繰り返している人、仕事中に心臓が止まりペースメーカーを入れた人がいた。

正直に言うと、そのときの私は思っていた。
自分はこの人たちとは違う、と。

体型は骨と皮のようで、食べる量も驚くほど少ない。
唇は紫がかっていて、今にも消えてしまいそうな雰囲気があった。
怖かったし、どこか遠い世界の人たちのようにも感じていた。

「もし、このまま死んだらどうなるんだろう。」

そう考えたとき、これまでの人生が頭に浮かんだ。
自分勝手に振る舞ったこと、誰かを傷つけたかもしれない言葉。
このままでは、ろくな人間じゃないまま人生が終わる。
そんな気がして、怖くて、悔しくて、何度も泣いた。

検査の結果、倒れた原因は「過労による過呼吸」だった。
拍子抜けするような診断で、私は日常に戻っていった。

それから二十年が経った。

後になって知ったことがある。
あの病室で出会った三人のうち、二人は早くして亡くなっていた。
もう一人の方は、私より少し早く肺動脈弁置換術を受けていた。

その事実を知ったとき、ようやく気づいた。
私は、あの人たちと何も変わらなかったのだと。

当時は「違う側」にいるつもりだった。
でも実際は、同じ不安定な場所に立っていて、
ただ見ないふりをしていただけだった。

人生には限りがある。
それを19歳で知り、
本当の意味で理解したのは、ずっと後になってからだった。

すべてを手に入れなくてもいい。
無理をして「普通」を演じなくてもいい。
限られたものの中で、手放さずに生きていこう。

そう思えるようになった今、
あの病室での時間は、私の原点になっている。

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