運動オンチが体育会系高校に飛び込んだ話

先天性心疾患の記録

高校受験って、誰にとっても一大イベントだ。
だけど私の場合、「理由はよく分からないけど、気づいたら体育会系の公立高校に入っていた」という不可解なオチがついてくる。いま思い返しても、なんでこの学校を選んだのかは謎。強いて言えば、“仲良しの友達が行くから”という浅すぎる理由。それだけ。

でも、その浅さが当時の私を救い、そして私の世界をぐんと広げてくれた。結果だけ言えば、最高の選択だった。人生、何が幸運につながるか分からない。


崩れ落ちていく内申・湧き出す焦り

もともと成績はそこそこ良かった。
無理すれば上位校にも手が届くかもしれない…そんな位置。

ところが、内申が決まる大事な時期に限って、まさかの体調不良。
過敏性腸症候群で、お腹に住みついた「謎の緊張マン」が暴走し、授業中もテスト中も容赦なくトイレに呼び出される。

その間に周りはギアを上げて勉強を始める。
私はと言えば、順位がスルスル落ちていく
心も同時に落ちていく。

いまなら分かる。「地頭よくないから当然だよね」なんて笑えるけど、当時はそんな余裕ゼロ。
“予定していた未来”が音を立てて崩れていくのが怖かった。


そして急展開。「友達と一緒なら、まあいいか」

最初に目指していた学校は、いわゆる“ガチ勉強校”。
だけど内申も思ったほどではなく、弱っていた心は当然のように折れた。

その瞬間、「あ、もう友達のいる学校でいいや」という思考に。
振り返れば完全に逃げだったかもしれない。でも、その“逃げ”が私を救ったのも事実。

その高校について、実はほぼ何も知らなかった。
体育会系だとか、体育祭が鬼のように激しいとか、そんな情報は入学後に知る。

…いや、受験前に知っとけよ、私。


試験当日、まだお腹が反乱を起こす

過敏性腸症候群は治らないまま受験本番へ。
試験中に手を挙げて、静まり返った教室で席を立つあの絶望感。

それでも合格した。
「もうこれは運命だったんだな」と思うようにしている。


入学初日で知る、運動部中心・鬼の体育祭

入学してみて分かったこと。

・体育祭は毎年ガチ
・部活命
・体育の授業、普通にハード
・行事は全力
・全体的に体育会系すぎる

ひと言で言うと、“運動苦手な私にはやや地獄”

特に体育祭。
部活は17時に終わる。
そこから全校生徒で電車移動して土手へ行き、暗くなるまで練習。

ねぇ、これ、普通?(笑)

でもね、不思議と嫌じゃなかった。
しんどいけど、なんか楽しい
これまで運動なんて避けてきた人生だったから、「みんなで体を動かす」経験そのものが新鮮だった。


運動万能な子に教わる日々

体育の授業では、運動神レベルの子が優しく教えてくれた。

バレー、サッカー、水泳まで。
苦手なりに少しずつできることが増えていくのが嬉しかった。

“体育ってこんなに楽しかったんだ”
人生で初めてそう思えたかもしれない。


そして、運命の「演劇部」との出会い

部活は演劇部に入った。
運動しないんかい!というツッコミはさておき、これが大正解。

外国人から若い女の子をたぶらかす中年のおじさんまで、ありとあらゆる役を演じ、表現力が爆発的に伸びた。
大声を出すことにも慣れ、通る声が手に入った。

このスキルが、その後の推薦入試、採用試験、授業づくり…
あらゆる場面でめちゃくちゃ役に立つ。

私の“面接無双状態”は、この高校生活が生み出したと言ってもいい。


海外への扉が開いた

高1・高2でホームステイにも行った。
ニュージーランドとイギリス。

初めての海外は、世界を広げるには十分すぎる刺激で、いまの私が国際理解教育を好きなのも、この体験あってこそ。


いま思うと、全部が財産だった

振り返れば
・辛かったこと
・しんどかった体育祭
・お腹の不調
・想定外の進路変更

ぜんぶひっくるめて、私の“黄金の3年間”だった。

あの時期に出会った人、経験したこと、泣き笑いした全部が、いまの私を支えている。


「飛び込む勇気」は、未来を明るくする

病気を理由に諦めることって、すごく簡単だ。
私も何度も逃げそうになった。

でも、あの頃の私は怖がりながらも一歩踏み出した。
結果として、それが私の人生を豊かにしてくれた。

だからいま、もし何かを迷っている人がいたら伝えたい。

怖くても、飛び込んでみていい。
その一歩が、自分の未来を変えることは思った以上にあるから。