片道三時間、それでも夢を選んだ春

先天性心疾患の記録

大学は、私立の第一志望だった。
学校の先生になる。その夢を叶えるために選んだ大学だ。

都内の自宅から、電車とバスを乗り継いで片道3時間
それでも迷いはなかった。
胸を膨らませて、春のキャンパスに足を踏み入れた。

9時からの授業に間に合うためには、家を6時に出なければならない。
うちは家族みんな夜型で、朝は誰ひとり起きていない。
まだ眠っている家を、ひっそり一人で出発する生活が始まった。

とにかく、電車に乗っている時間が長い。
毎日が、日帰り旅行のようだった。

そんな生活を続けて迎えた6月。
英会話の授業中、突然具合が悪くなり、意識を失った。

倒れたことも、泡を吹いていたことも、正直よく覚えていない。
ただ、目を覚ましたとき、
みんなが心配そうに見守ってくれていた光景だけは、はっきり覚えている。

医務室に運ばれ、母が迎えに来てくれた。
母もまた、片道3時間をかけて。

長いこと迎えを待っていたので、
自分では「もう大丈夫」と思っていた。
けれど、医務室の看護師さんに強く勧められ、
夜近くになって、いつも通っている心臓の大学病院を受診することになった。

もちろん、電車とバスを乗り継いで歩いて行った。

時間外診療ということで救急で診てもらうと、
医師は淡々と、こう言った。

「きみ、ここに来てなかったら
 死んでいたかもしれないよ」

そのまま、即入院だった。

あとから思うと、これは先天性心疾患のある人にとって、
とても典型的な落とし穴だったのかもしれない。

普段は、元気に見える。
日常生活も普通に送れている。
だから、自分でも限界に気づきにくい。

でも、体はちゃんとサインを出している。
それを「気のせい」や「頑張れば大丈夫」で
何度もやり過ごしてしまうと、ある日、急に限界が来る。

このときの私は、
自分の体力を“普通の大学生基準”で測っていた。

大学に入学して、まだ3ヶ月。
私はそこで、いろんなことを考えさせられることになる。

これから志望校を考える若い人たちに、
声を大にして伝えたい。

時間と健康は、何物にも代えがたい財産だということ。

今の私なら、
片道3時間もかかる大学は、絶対に選ばない。
往復6時間。
1日6時間 × 20日 = 120時間。
120時間 × 12ヶ月 = 1440時間。

これだけの時間を、私は通学に使っていた。
この時間を、別のことに使えたかもしれないと思うこともある。

そしてもう一つ。
健康を壊したら、元も子もない。
特に、若い頃の健康資産の損失は大きい。

とはいえ、この大学で主人と出会い、
今の家庭がある。
遠回りではあったけれど、
間違いだったのかと問われると、そうとも言い切れない。

先天性心疾患があっても、
夢を諦める必要はないと思っている。
ただ、夢の追い方には、いくつかの選択肢があっていい。

直感で動いて、あとから「やってしまった」と思うことは、
この先もいくつかあった。
それは、また別の話。