最後の日“報われた”と思えた|教員異動2026

先天性心疾患の記録

気づけば、1ヶ月ほどブログから離れていました。
年度末と年度初めの忙しさに加えて体調も崩し、正直パソコンを開く余裕もありませんでした。

そして2026年4月、教員の異動で転勤。
通級指導教室の担当として、新しいスタートを切ることになりました。


前の職場には4年間在籍しました。
自分で希望しての異動でしたが、正規の教員で4年は短い方です。

きっと、いろんな憶測もあっただろうな…と、少し憂鬱な気持ちもありました。

新採用と同じ学年で、3クラスの学年主任。
やったことのない仕事に加えて、新採用に教える立場。

その重さに耐えきれず、2年で体調を崩しました。

その後は知的学級の担任に。
慣れているはずの現場でも、学校の人手不足は深刻で、
クラブや委員会など複数の分掌を抱えながら働いていました。

「なんでこんなに一人で回さんといけんのんか」
そう思う日も、正直たくさんありました。

そして、2回の病休。
子どものことで早退することも重なり、
「自分はこの学校でマイナスな存在だったんじゃないか」
そんなふうに感じていました。


3月31日。
少し憂鬱な気持ちで、最後の日を迎えました。

でも、職員室にいると——
一人、また一人と、声をかけに来てくれて。

感謝の言葉と、一緒に過ごした時間の話、
そして手にはプレゼント。

気づけば、持ちきれないほどのプレゼントの山になっていました。

もちろんそれも嬉しかったけれど、
それ以上に、

「ちゃんと誰かの役に立てていたんだな」

そう思えたことが、何より嬉しかったんです。

つらいことも多かった4年間。
でも最後の日に、それが少し報われた気がしました。

「自分、頑張ってたんだな」

そう思えた、特別な一日でした。


そして翌日、4月1日。
通級指導教室担当としての新しい日々が始まりました。

まるで、もう一度就職したみたいな感覚です。


通級指導教室への異動は、
人によってはネガティブに受け取られることもあるかもしれません。

でも、自分にとっては少し違っていました。

きっかけは、昨年7月の入院です。
主治医から「小学校で事務職にしてもらいなさい」と言われ、
これからの働き方を真剣に考えるようになりました。

一度は退職も考え、「早期退職セミナー」にも参加しました。
こっそり行ったつもりが校長先生に会ってしまったのは、今では笑い話です。

その後、校長先生が教育委員会に何度も働きかけてくださり、
ちょうど進んでいた通級指導教室の増設の流れにも重なって、今回の転勤につながりました。

並行して、市の制度を利用し特別支援の免許も取得しました。

振り返ると、自分なりの準備とタイミングが重なった結果だったように思います。


今はまだ分からないことも多く、体力的な不安もあります。

それでも、

「ここでなら、やっていけるかもしれない」

そんなふうに思える環境でスタートできたことを、ありがたく感じています。


先天性心疾患(ファロー四徴症)の体験をもとに、日々のことを書いています。