ファロー四徴症の寿命は?43歳現役教員の私が思うこと

先天性心疾患の記録

生まれたとき、手術をしなければ5歳までしか生きられないと言われた。

今、私は43歳だ。

フルタイムの教員として働き、3人の子どもを育て、ブログを書いている。

「ファロー四徴症の寿命は何年ですか?」という質問に、データで答えることはできる。でも私が書きたいのは、その数字じゃない。

心臓病と43年間生きてきた私が、寿命についてどう考えているか。それを書く。


5歳までの命、と言われた

私が生まれてすぐ、両親は医師からこう告げられたらしい。

「手術をしなければ、5歳までしか生きられないかもしれない」

だから2歳のとき、手術を受けた。

その話は、大きくなってから親に聞いた。親はずっとそのことを心に抱えながら、私を育ててくれた。

でも母は、私を「人と同じように」育ててくれた。病気だからといって過保護にせず、普通の子どもとして接してくれた。境遇は人より壮絶だったかもしれない。それでも今、私は前向きに生きていると思う。母のおかげだ。

そして手術を受けた名医と、輸血してくれたたくさんの人たちのおかげで、今の私がある。


10代・20代、絶望していた

手術後は、年に一回の定期検診が続いた。

最初に手術した都内の病院の先生は、あまり相性がよくなかった。診察のたびに、後ろ向きな言葉をかけられた。

「これからどうなるかわかりません」

そう言われるたびに、自分の寿命を考えた。10代・20代の頃は、いつまで生きられるかわからないという漠然とした絶望があった。

お医者さんにそう言われたら、絶望するのは当然だと思う。


主治医が変わって、気持ちが変わった

転機は、結婚して地方に移り住んだことだった。

新しい大学病院の先生は、まったく違った。後ろ向きなことは言わなかった。

「君は仕事をしていたほうが生き生きしているから、仕事をしなさい」

そう言ってくれた。事実として、これからどうなるかなんて誰にもわからない。でも先生はそれを言わなかった。

担任を辞めたほうがいいと言われたときは落ち込んだ。でもそれも、私のことを考えてくれてのことだとわかった。

出会う主治医によって、患者のモチベーションは全然変わる。

同じ病気でも、言葉一つで絶望にも希望にもなる。私はそれを身をもって経験した。


43歳の今、寿命についてどう思うか

不慮の事故で早くなくなる人もいる。病気で命を落とす人もいる。

そう考えると、心臓病だろうがそうでなかろうが、寿命の長さはそれほど変わらないのかもしれない、と思うようになった。

人より心臓を消耗しやすい。そこが健常な人との違いだ。だからこそ、きちんとメンテナンスが必要になる。

私がやっていることはシンプルだ。

  • 定期検診を真面目に受ける
  • 薬を欠かさない
  • 疲れたら休む
  • 無理をしない
  • 自己犠牲的な働き方をやめた

何度も倒れて、長く続けるためには無理をしてはいけないとわかった。

心不全という病気の特徴が少しずつわかってきた。対処法もわかってきた。うまく付き合えば、長く生きていけるんじゃないか。

今は、人体実験の真っ最中だ。


死は、人より身近にある

ただ正直に言うと、死は人より身近に感じている。

だからこそ、逆算して生きるようになった。

限りある体力で、どう生きるか。何を残すか。何を大事にするか。

投資を始めたのも、このブログを始めたのも、担任から通級指導に仕事を変えたのも、全部そこにつながっている。限りある体力に見合った生き方を、少しずつ作ってきた。

5歳までの命と言われた私が、43歳で逆算して生きている。


まとめ

ファロー四徴症の寿命について、数字で答えることは私にはできない。

でもこれは言える。

心臓病だから必ず短命、とは私には言えない。でも、メンテナンスを続けて、無理をしないで、自分の体と向き合い続ければ、可能性は広がると信じている。

そして、出会う医師の言葉は大きい。後ろ向きな言葉に絶望しないでほしい。セカンドオピニオンを求める勇気も、時には必要だ。

生まれたとき5歳までの命と言われた私が、43歳で書いている。それが今の私の答えだ。


⚠️ この記事は私の体験と考えをもとにしたものです。ファロー四徴症の経過や寿命は個人の状態によって大きく異なります。必ず担当医にご相談ください。


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