片道3時間と悪夢 ― 心臓を置き去りにした選択

先天性心疾患の記録

片道3時間。
大学生になった私は、先天性心疾患を抱えた体で、その距離を毎日通っていた。

中学校の英語教諭になりたくて、教育学部の授業に加え、英文科の授業も履修した。コマ数は多く、朝から夕方までびっしり。特に一限に間に合うように家を出るのが、正直しんどすぎた。
体がついてこない日もあった。

一度、授業に間に合わず単位を落とした。
それ以来、「教員採用試験に受かっているのに、単位不足で教壇に立てない」という悪夢を、最近まで何度も見ている。よっぽどトラウマだったのだと思う。

夕方まで授業を終えたあと、サークルにも参加していた。でもこれもきつかった。帰る体力が残らず、遅くなる日は友達の家に泊めてもらうことも多かった。
普通の大学生活をしているつもりだったけれど、実際は、周りに助けられながら何とか成り立っていた。

大学2年の春、学生課の職員から言われた。
「今は中学校免許だけでは厳しい。教壇に立ちたいなら、小学校免許も取った方がいい」

衝撃だった。
小学校の先生なんて、眼中になかった。
小さい子との関わり方も分からない。
運動制限の中で生きてきた私に、体育を教える未来なんて想像できなかった。

それでも、せっかく目指した教員。教壇には立ちたい。
悩んだ末、私はこう考えた。
「体力的に無理だったら、そのときやめればいい」

未来のことは、未来の自分に任せて。
そうして小学校教員免許の取得手続きをした。

この選択が、
のちに自分の首を静かに絞めていくことも知らずに。

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