──「ばたこ、死んだかも…」
20年ぶりに再会した同級生が、これを開口一番に言ってきた時点でわかった。
あの日の飛び込み事件、完全に“刻まれている”。
私は運動が得意ではなかったけれど、高校の水泳の授業は、なぜか遠泳以外は全部参加していた。むしろ泳げないくせに、バタフライまで教えてもらった。今考えると、あれは先生の勇気だと思う。私は自分の能力を把握せず、ときどき“泳げるっぽい雰囲気”を出してしまうタイプだった。
その日もそうだった。
なぜだかわからないけれど、飛び込みだけは挑戦してみたくて。
「今日の私、いける気がする。」
謎の自信に満ちて、プールサイドに立つ。
両腕を伸ばし、肩を締め、足をそろえ……完全にイメージは北島康介。
自分では拍手喝采の未来が見えていた。
そして私は飛んだ。
結果、垂直(バチーン!)。
見事なまでに、ストンッと縦に落ちていった。

その瞬間を見ていた友達いわく、
「なんか足だけピヨッと出てた」らしい。
空から足だけ飛び出し、そのまま水中へ吸い込まれていったという。
そして恐ろしいことに、私はそこで 完全静止 した。
私の頭の中ではこう。
(え、これどうやって浮くんだっけ?)
(とりあえず落ち着こう。)
しかし周囲から見たらこう。
“水中で動かない女子、高校生。
床に頭ぶつけたかもしれない。”
丘の上で見ていた友達は、青ざめながらつぶやいた。
「ばたこ……死んだかも……」
その瞬間、プールサイドには異様な空気が流れたらしい。
友達たちは助けに行くべきか、教師を呼ぶべきか、救急車か……と本気でパニックになったという。
一方その頃の私は、
(あ、浮いてきた)
と、のんきに立ち上がって水面に顔を出し、
「大丈夫〜!」
と笑顔で手を振った。
その瞬間、緊張で固まっていた友達が一斉に脱力し、
「生きてた…!」
「よかった…!」
「でもあれ、ほんと死んだと思った!」
と口々に言ったらしい。
しかし、喜んでいたのは友達だけだ。
プールサイドで腕を組んでいた体育科の先生の顔は、
完全に眉間が“消えないシワモード” だった。
その日の放課後、特別に呼び出された私は、
ついに“飛び込み禁止令”を授かる。
「ばたこ。これから飛び込みは絶対やらないこと。」
即答で
「はい」
あれほど説得力のある「はい」は人生で初めてだった。
──そして20年後。
同級生と久しぶりに会った日。
開口一番に言われたのが、あの一言。
「ばたこ、生き返った日覚えてる?」
「あれ、学校史上No.1の衝撃だったよ。」
「マジで救急車呼ぶ寸前だったんだから。」
彼らの中であの日は、
“飛び込みで昇天しかけた事件”
として今も生き続けているらしい。
でも私は思う。
泳げないのに“泳げるっぽく”頑張ったあの日。
垂直に落ちて足だけピヨッと出たあの瞬間。
静止しすぎて「死んだかも」と言われた10秒。
全部ひっくるめて、最高の思い出だ。
挑戦はいつだってちょっと危なくて、ちょっと笑える。
でも、その笑いが20年後も残るなら──
あの日の飛び込み、やってよかったのかもしれない。


