これが、しずくログの100記事目です。
とはいえ我が家では、誰もそのことに気づいていません。高校生の息子は部屋にこもり、中学生の娘はスマホの向こうの世界に夢中で、末っ子はとっくに夢の中。いつもどおりの夜に、私はひとりパソコンの前で、こっそり節目を迎えています。
でもせっかくの100記事目なので、今日は少しだけ、振り返りにお付き合いください。
なぜ文章が大の苦手な私がブログを始めた?

きっかけは去年の7月、心臓の調子を崩して突然入院したことでした。
そのとき妹に言われたんです。「おねえちゃんの人生は本になると思うから、本でも書いたら?」と。
たしかに、ファロー四徴症で大人になった人はあまりいません。私の経験が、同じ病気の誰かや、その親御さんの励ましになるかもしれない。そう思いました。
ただ、ひとつ大問題が。私、文章を書くのが大の苦手なんです。
どれくらい苦手かというと、教員なのに通知表の所見を書くたび、いろんな人に添削してもらってからやっと出せるレベル。そんな人間がいきなり書籍なんて、ハードルが高すぎる。
そこで「書籍化の第一歩」として始めたのが、このブログでした。正直に言うと、これから先も長く働き続けられるかわからないから、在宅で働ける道を作っておきたいという現実的な理由もありました。
ブログのことを何も知らずに、どうやって始めた?
実は私、人のブログをほとんど読んだことがありませんでした。「そもそもブログって何?」というところからのスタート。
型もわからない、正解もわからない。AIに手取り足取り教えてもらいながら、サイトの立ち上げもひとりでやりました。今考えたら、誰かに頼ればよかったなと思います(笑)。
それでも、初めて記事を投稿したときのことは忘れられません。
うれしかったんです。自分の生きている証というか、足跡が残せると思うと。
100記事書いて、何が変わった?
多分、何も変わってません(笑)。
……と言いたいところですが、ひとつだけ確実に変わったことがあります。書くことへの苦手意識が、だいぶ減りました。
私の素直な言葉を、きちんと形にまとめてくれる相棒(AI)を使いこなせるようになってきたからです。所見をみんなに添削してもらっていた私が、1年間かけて勉強して、いつのまにか「ブログらしい構成」で書けるようになってきた。これは、ちょっと自分をほめてもいい気がします。
それから、途中でやめようと思ったことは一度もありません。大変なときも、書けないときもあるけれど——書くことが尽きないんです(笑)。44年も生きていると、ネタだけは無限にあります。
書いてきて、一番うれしかったことは?
人工弁と障害年金について書いた記事に、大きな反響があったことです。
関連記事:人工弁を入れたら障害者手帳・障害年金はどうなる?私のリアルな話
「人工弁の仲間って、こんなにいるんだ」「障害年金について知りたい人って、こんなに多いんだ」と驚きました。
私の身の回りには、障害者と名乗っている人がいません。だから、大変な思いをしながらも前向きに生きようとしている人が、私のほかにもたくさんいるんだと知れたことが、なんだか新鮮で、うれしかった。
自分のことを「大変な人」とか「かわいそうな人」とは思っていないんです。ただ、いかんせん少数民族なもので(笑)、こうして出会えること自体が、私にとっては宝物です。
これから、しずくログはどこへ向かう?

目標は変わらず、書籍化です。タイトルはもう決めています。「生きる」。
ただ、計算してみたところ、書籍化には多分3000記事くらい必要だと思っています(笑)。なので、50歳くらいまでに実現できればいいかなと。気の長い話ですが、幸い、書くことは尽きないので。
101記事目からも、変わらずゆるっと書いていきます。
おわりに
文章が大の苦手だった私が、100記事。
これを読んでいるあなたが、もし「自分には無理」と思っていることがあるなら、大丈夫です。所見すらひとりで書けなかった私ができたんだから(笑)。
いつも読んでくださってありがとうございます。101記事目で、またお会いしましょう。

